東日本大震災の津波とはどんなものだったか?(2)

現状視察

宮城県南部 亘理町の津波

亘理町に実家がありました。以下のGoogle Mapで★に示しているように、海岸線から2kmですが、近くに小さな川があり、そこを遡上した津波が流れ込みました。

非居住でしたので、人的被害はありませんでしたが、「離れ」は流出、母屋も1階天井までの浸水で全壊でした。実家ということで、存分に写真に記録しました。

津波前(2010年4月)

震災の11か月前、2010年4月の写真です。既に空き家でしたので、障子紙が桟からはがれて、穴が開いたように見えます。

写真の奥が川、そちらから津波が来ました。

右端にある、松と、門柱は津波後も残っています。(今月も訪問しましたがそのままの姿で残ってました。)

津波1か月後(2011年4月)

平屋の離れが流失しており、つなぎ廊下からは冷蔵庫が倒れ出ています。

玄関の横に緑の張り紙があります。行政が損傷を調査した結果が貼ってありました。赤い小旗は、全壊に付き、「撤去、更地化をお願いします」という印です。

和室は畳が浮き上がったためにすべて倒壊してます。津波の高さは1階天井近くまでです。壁の跡から、何回にもわたり満ち引きした状況が見て取れます。

地割れが延々と続いてます。

津波半年後(2011年9月)

建屋は撤去され更地化されてます。

津波10年後(2021年11月)

松と門柱はそのまま残ってました。

防潮堤

亘理町の海岸線にも防潮堤ができていました。

写真左端は、この地区で唯一残り、再建できた町営温泉鳥の海です。

最後におまけの写真。

亘理町名物の はらこ飯です。 鮭風味の味飯の上に、鮭の切り身とイクラが乗ってます。